特定非営利活動法人 グリーンラインを愛する会

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14,県立後山公園、遭難(?)事件(その1)

14,県立後山公園、遭難(?)事件(その1)

比較的対策をしやすい道路沿いの松でさえ、前回述べたような状況である。一歩山中に足を踏み入れればその凄まじさは推して知るべしである。今回は「後山公園遭難(?)事件」について思い出してみたい。

それは2001年の6月だった。県立後山公園のグリーンラインを挟んで東側に、私たちが「第2遊歩道」と呼んでいる遊歩道がある。広島県では「自然探求路」と呼んでいる。

この遊歩道の存在は私たちも活動開始当初から知ってはいた。しかし、沿線のゴミ拾いで手一杯で、本格的に足を踏み入れたのはこの時が初めてであった。私に同行してくれたのは森林管理署と市役所の職員、そして会員のH君であった。当時の「自然探求路調査報告」は次のような文章で始まっている。

 

(以下引用)

草を分けて遊歩道に足を踏み入れ、思わず息をのんだ・・・。

そこはまさに「瀕死の森」だった。

遊歩道の両側に連なる枯れ木はまるで巨大な墓標。

そして遊歩道をふさぐ木々は巨人の屍のようだった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

そして当時私が名付けた「松の墓場」を抜けて「お化けトイレ」の脇を通って、「第2展望台」にたどり着くわずか数百メートルの距離である。

「松の墓場」辺りには百本以上の松が立ち枯れていた。そして同じ数ほどの倒木があり、そのうちの数十本は遊歩道を塞いでいた。「お化けトイレ」も私の命名である。使われなくなって数十年、屋根の上には数十センチの丈の草が頭髪のように生えていて、まさにトイレ自体がお化けのようなたたずまいで、一人だったら男の私でも近づけなかったろう。

そして「第2展望台」。展望台とは言っても、当時は周りを木に囲まれて全く展望はきかなかった。蜘蛛の巣だらけで座るところもない。出来たときはきっとここから美しい瀬戸の海が見えたのだろうけれど、当時は何もない不気味な空間だった。周囲は大半が国有林だが、このあたりの森を見ても「森林管理署」という立派な役所の名前はあるが、実際には何の管理もされていないことが良くわかる。山は全く手つかずの荒れ放題である。ここまでで同行していただいた森林管理署と市役所の職員の方には帰っていただき、私たちは残り約1.5kmの遊歩道を調査してみることにした。

そこから先の遊歩道も、至る所で倒木が道をふさいでいた。崩落箇所も幾つもあり、手すりがこわれて落ちているところもあった。それでも倒木を乗り越え、かいくぐりしながら私とH君は歩き続けた。

遊歩道も残り百メートル余りのはずと言うところまで来た。左に折れると医王寺に下る山道がある。その標識から先は全く遊歩道が見えなくなっていた。背丈より高い草が行く手を遮っている。

「どうしようか?引き返そうか?」と聞く私にH君は「もうすぐ終わりですよ。せっかくここまで来たんだから、行けるところまで行ってみましょう。」と言う。それもそうだなと言うことでその草むらに入っていった。しかし10メートルも歩かない内に全く視界が草でふさがれてしまった。私はH君の背中を見失わないように必至でついて行った。ほんの数分のことだったのだろうけれど、とても長い時間のように感じた。突然草むらが切れた。私たちは息を呑んだ。10メートルは有ろうかという崖の上に出てしまった。目の下にはグリーンラインが走っている。とても降りられないので引き返そうとまた草むらに戻り、数分間もとの道を探したが見つからない。また崖の上に出てしまった。

「元の道に帰るより、ここ降りましょうか?さっきより低いでしょう?5m位のもんですよ。」

「そうだな。降りてみようか?」そう言って私は先に立って崖を降り始めた。1mも降りない内に私は強烈な後悔に襲われた。恐怖で体がすくんでしまい。小さな木をつかんだ手が離せないのだ。後に続くH君を振り返ることも、彼を気遣うことも出来ない。足元からバラバラと土や石が落ちてゆく・・・。引き返そうとしたが体が持ち上がらない。

どれくらいの時間が掛かったのか覚えていない。どうやって下まで降りたのかも良く覚えていない。ともかく私たちは泥だらけになりながらグリーンラインの路側にへたり込むことが出来た。すぐには立ち上がることも出来なかった。家に帰ってみたら全身みみず腫れやら、ひっかき傷やらでひどい有様だった。誰が「遊歩道で遭難」等という事態を想像できただろうか?

(連載を初めてもう半年が過ぎました。ここまでお付き合い下さった皆さん。本当にありがとうございます。「本当に喜んで戴けているんだろうか?お役に立っているんだろうか?」といつも自問しています。ともあれ一度始めてしまったことです。「もうやめたら」と言われるまでは頑張ってみるつもりです。貴重な紙面を提供してくださっている大陽新聞社に改めてお礼を申し上げます。最後になりましたが、皆様どうぞ良いお年をお迎え下さい。そして宜しければ「グリーンラインの初日の出」を見に行ってください。)

 

taiyo14
2001年6月頃の「後山公園第2遊歩道」

大陽新聞連載~よみがえれグリーンライン~

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