15.「穴蛇~悪貨は良貨を駆逐する」
私の会社は自動制御という特殊な分野の電気関係の仕事をしています。従って社員の多くは電気のプロフェッショナルです。仕事はチームでやるのですが、評価はあくまでも個人の技術・技能・知識とその結果で下されます。その点ではプロ野球やプロサッカーなどのプロスポーツに通じるものがあります。
そこで私は新入社員の人に良くこんな話をします。
学校の授業で習ったことがあると思いますが、経済原則の一つの言葉に「悪貨は良貨を駆逐する」という原則があります。これは何かというと質の悪い、つまりコストのかからない貨幣は良い貨幣を死蔵させて、流通の流れからスポイルしてしまう。つまり悪い貨幣ばかりが流通して、良い貨幣は流通しなくなると言うことです。江戸時代にも今まで質のよかった小判を混ぜ物の多い質の悪い小判にどんどん改鋳をして、それによって浮いた金(きん)を当時の幕府が取り込むという形で、少しでも幕府の赤字財政を立て直そうとしたが、質のよい小判がどんどん消えていって、質の悪い小判がますますインフレを招いていくという形になっていきました。
同じようなことが、組織の中でも起こります。ほっておくと、質の悪い社員は質のいい社員を駆逐していく形になるんだということです。
「穴蛇」と言う言葉をご存じですか?本当にそうなのかどうかは知りませんがおもしろい話があります。蛇を捕まえて、それを持って帰るときに窒息させないで、しかも逃げ出さないようにするにはどうしたらいいかというと、蛇が一匹出られるような穴を箱に開けておいて、そのなかに捕まえた蛇を頭から放り込むんだそうですね。
そうすると一匹の蛇が逃げようとしてその穴から顔を出す。もうちょっとで逃げ出せるというところで別の蛇がそのしっぽにからみついて引きずり落とす。そうして蛇同士がお互いに穴から出ようとする相手を引っ張って引きずり落とす。そういうことをやるために一匹も穴から出られない。
そのままいつのまにか焼酎に漬けられたりという事になるわけですが、組織の中でも往々にしてこれがあります。
誰かが伸びようとする、あるいは今までとは違う分野ややり方に挑戦しようとする。
群から飛び出して何か新しいことを始めようとする。
そうすると前からいるみんなが寄って集ってその人を引きずり降ろそうとするわけです。ある程度、会社に入ってからの経験年数が長かったり、社内の色々な事情や、それぞれの人達の物の考え方や、あるいは力量というものが十分に分かってる人達はわりとこういうことにたいしても抵抗力があるんですが、新しく入ってきた若い人達、あるいはなんにも電機の業界の経験を持たないでこの会社に入ってきた人達にとっては、周りの先輩というのがみな、大げさな言い方をすれば雲の上の人、自分にとってはすばらしい力を持ってる人に見える。
その人が、どの程度の力量を持っているか、あるいはどういうものの考え方を持って仕事をしているのかが、なかなか理解出来ない。そう言う人が一番被害に遭いやすい。
自分が穴から出ていって、少しでも伸びよう、頑張ろうとしていると、その先輩社員が出てきて、「そんなに無理して頑張らなくても」とか「そんなにしたって給料は上がらないだろう」「そんなにしたって結局同じだよ」等々となんとかして自分と同じ所に引きずりおろし、少しでも仲間がたくさんいることで安心したり、そういうふうな状況を作ってしまう。
この世界はプロの世界です。たとえ先輩であろうとも、それを追い抜いていかないかぎりはこの世界では競争に勝ち残る事は出来ない。その基本原則を思い出して頂きたい。 そういった厳しさを持たないかぎり、この世界で本当に誇りに足るような収入も地位も得ることが出来ないんだという現実を、もう一度思い出して、そういうふうな影響を受けないしっかりした自分を持って頂きたい。
ま、こんな話をさせて貰うわけです。争いや諍いを避けて、何事も穏便にと言う考えもあるわけですが、新しいことに挑戦する、誰かを、何かを目標としてそれを乗り越えてゆこうと闘争心をかき立てる・・・。そんなエネルギーがその人を元気にするだけでなく、社会をより豊かで元気にするのではないかと僕は思っています。