特定非営利活動法人 グリーンラインを愛する会

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10.「阿吽の呼吸」

10.「阿吽の呼吸」

有る方と先日の夜お会いして、色々とお話をさせて頂いた中で「沈黙は金なり」という言葉がなぜ死語になったかという話がでました。沈黙が金という言葉が通用したのは、厳しい封建制度の中で、自分の立場や権利・・・そう言うものを主張する事になんの意味もない・・・それどころか逆に我が身を脅かす危険があった時代に、この言葉は格言として一般の人々の中に広がって行ったというのです。

つまり、自分の立場や権利あるいは、自分の思いを主張しても、それは自分の身を滅ぼす事にはなっても、決して自分の権利を拡大したり、自分の自由を獲得したり、という保証にはならない・・・それは封建制度の中では、上から・・・絶対権力者から・・・与えられた、あるいは許された自由や権利の範囲の中で生きることが、平穏に生きる為の必須条件だった。不満を持つと言うことは自分の人生の中でマイナスしかない、そういう時代の名残りだという話が出てきました。

今の時代では自分の権利も、自分の立場も、自分の自由も、全部自分が主張して自分が守らなくてはいけない。そういう時代になっても「とにかく沈黙は金」と言うようなことわざを信じてるとしたら、結局自分が一番損をする事になるという話がでました。

更にその時にもう一つおもしろい話が出てきました。

「沈黙は金」という諺が日本人に通用しなくなったという理由がもう一つある。
それは「あ・うんの呼吸」と言う諺が死語になった事と関係がある。
「阿吽の呼吸」というのは、みなさんも見られた事があると思いますが仏像彫刻の中からでてきた言葉です。お寺等に行きますと山門の所に仁王様や鍾馗様が立っております。それから狛犬もそうです。片っ方の像は口を大きく開いている。もう片一方の像は口を一文字に結んでいる。この口を開いた形が「阿」。口をつむった形が「吽(うん)」の形、仁王門の前の左右に立つ仁王様と言うのは「阿」と「吽」の呼吸でもって山門の中に汚れが入るのを防いでいる。ここから来た諺で、声に出さなくても、離れた所からでも、お互いにぴったりの呼吸で何かが出来ると言うことを「阿吽の呼吸」と言いますが、「我々の周りで阿吽の呼吸で仕事が出来るような感性の持ち主はもういなくなったのではないだろうか?」と言うような話が出てきました。

「分かってくれよ」いくら心の中で思っても、相手の立場も分からなければ、こちらの立場も相手には分かってもらえない・・・。自分が何かをしようするときに、一々説明したり口に出さなくても、ちゃんとこちらの意図するところを理解してくれて、うまくサポートしてくれるようなチームメート、部下と言うものは今は期待出来ない。
だから上に立つ人間も「阿吽の呼吸」という古くさい言葉も使わず、「沈黙は金なり」という諺も信じないで、どんどん口に出して、「こうして欲しいんだ」「こう思ってるんだ」ということを伝えていく努力をしないと、会社の中もガタガタになっていくんではないでしょうかね。

という話をされました。

私に取っては今一番の重要な課題と合致する問題でしたので、非常に興味深く自分自身の問題として胸に刺さる思いで聞かしてもらいました。やはり、我々が仕事をしていく上で、コミュニュケーションというのは本当に大切です。
でも私は「阿吽の呼吸」と言える程チームメート、部下との呼吸があわなれければ、本当に良いものはつくれない。 そう言う話を聞きながらもそう言う風に思ってます。
仕事をする者同士が、相手が何をしようとしているのか、その時にじぶんは何をすればいいのか。そう言うことを考えながら仕事が出来る・・・。そう言う仕事の仕方を目指していってほしいと思います。

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