特定非営利活動法人 グリーンラインを愛する会

18,後山公園第2遊歩道・・・「海が見えた!海が見える!」(その3)

18,後山公園第2遊歩道・・・「海が見えた!海が見える!」(その3)

後山公園の自然探求路を私達は「第2遊歩道」と呼んでいた。作られてから二十数年、松枯れによって道は完全に塞がれていた。一部では道そのものが崩落していた。草に埋もれた場所もあった。私達はなんとかその遊歩道を蘇らせようと思った。その思いに応えてくれたのが「天理教災救隊」だった。彼等は松枯れ木の伐採を買って出てくれた。10月下旬にその作業を開始した。

「天理教災救隊・広島教区隊」の隊員達の働きぶりは見事だった。良く組織され、良く訓練され、奉仕することの喜びに燃える彼等の献身的な働きにより、倒木に遮られた遊歩道は見事に蘇った。路側の危険木も次々に伐採され、山は命の息吹を取り戻していった。

そして「ここまでやったのなら、何とか展望台の景観を取り戻したい。」と言う皆の思いは私の背中を押し、当初予定外の場所や木の伐採に踏み切らせた。「展望台を最初の頃の状態にしたい。」その目的のために展望台全面の樹木の内、伐採したい木のうちから伐採可能な木を慎重に選び、切れないものは枝を払った。展望台自体も20年余に渡って手入れもされないうちに、その在処さえ分からないほど荒廃していた。40名余の隊員達はその雑木を鉈やチェンソーで切り拓いてゆく・・・。

樹木に覆われ、そこからの景観どころか展望台の在処さえ分からなかった場所が、見る見る切り開かれてゆく・・・そのとき誰かの叫び声が聞こえた。

「見えたぞ!」「見えるぞ!見えるぞ!海だ、海が見えるぞ!」

それは展望台で作業を見守っていた隊員の声だった。みんなは展望台に駆け入った。

展望台の前面、数日前まで一面樹木に遮られていたそこから、鞆の海が見えていた。弁天島が、仙酔島が見えていた。その向こうには走島も宇治島も見える。小さな渡船が行くのが見える・・・。林芙美子は放浪記の中に「海が見えた。海が見える。五年ぶりに見る尾道の海は懐かしい。」と書いているが、この展望台から見る鞆の海は二十年ぶりの鞆の海だ。みんなのざわめきが次第に静まっていった。誰もが黙って、目の前に広がる鞆の海を見つめていた。私の隣にいた会員のT君が「見えましたね。鞆の海。」と少し鼻声で言う。見ると目が潤んでいる。「ああ、見えたね。」答える私も涙声だった。気が付くと森林管理署のKさんが来て、私とさほど離れていないところで展望台の前面の伐採箇所を眺めていた。

「済みません。お許しをいただいていない木も何本か切ってしまいました。」私はKさんに詫びた。Kさんは私の声が聞こえないかのように黙って前を見ている。私もそれ以上は声をかけにくく黙ってKさんの声を待った。

やがてKさんが私の方へ向き直って声をかけてきた。

「国有林の木は国の財産です。許可無くこれを切ることは法に触れ、罰せられます。」

「はい、わかっています。」私は答えた。

「分かっていて故意に国有財産を傷つける行為は悪質ですよね。」

「はい・・・。」

それからまた暫くKさんは沈黙した。そして次に口を開いてこういった。

「私は切ってはいけない木にテープを巻きましたよね。でも、テープが万一取れていたら切ってしまうよね。」

私はKさんの言葉の意味を理解しかねた。Kさんは言葉を続けた。

「こうして見るところ、伐採された木にはテープが付いてない。つまり切ってはいけないと分かる木は誰も伐採してないわけだ。だから誰も法を犯してないわけですよ。」

Kさんの言わんとする事がようやく私にも飲み込めた。

「少なくとも私は皆さんが国有財産を傷つけたとは思ってないです。」

そしてにこっと笑ってこう付け加えてくれた。

「良かったですね。元の景色が取り戻せましたね。」

私は不覚にももう少しで涙を流してしまうところだった。

 

後日、この展望台の前面にある民有林の持ち主であるSさんにもお会いした。そして約束した以上に沢山の木を切ってしまったことを詫びた。Sさんは「たしかにのぉ・・・。非道ようけ切ってしもうてからに・・・。」と少々不愉快そうに、少し寂しそうにおっしゃった後「でも、まぁ・・・あんた等の気持ちも分かるけぇのぉ・・・。切ってしもうたもなぁしょうがにゃぁのう・・・。」と気持ちよく許してくださった。本当に申し訳なく、同時にそのお気持ちがとても嬉しかった。このようにして多くの人々の善意と理解に支えられて、見事に後山公園の自然探求路は蘇った。先日は大阪の男性からもこの探求路を歩いて、太子殿、医王寺を経由して鞆の街を訪ねたいとのメールをいただいた。私達の努力が、少しでも地域の観光に役立ち、ここを訪ねてくださる方の役に立つことが、本当に嬉しく誇らしい。2月の中旬にここを歩いたときには遊歩道を2~3本の倒木が塞いでいた。

少しでも気を緩めることは出来ないなと思った。しかしその他には特にひどく荒れた様子はなく、素晴らしい瀬戸の海と鞆の町並みを充分に堪能した。

 

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2002年10月29日 樹木に隠されていた第2展望台が姿を現した

 

taiyo1802
展望台から見えた20年ぶりの鞆の海

大陽新聞連載~よみがえれグリーンライン~

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