特定非営利活動法人 グリーンラインを愛する会

8,泣き笑い、怒りのゴミ戦争!

8,泣き笑い、怒りのゴミ戦争!

活動を始めて一年もたたない内に私はほとんど戦意喪失しかけていた。野犬や捨てられ犬の問題一つとっても、自分で良かれと思ってやったことは、思いも掛けない反響を生んでいた。何とか来訪者に安全で、快適な場所を取り戻そうと思ってやったことであった。しかし、それは立場の違う人々には「人間のご都合主義、エゴ」とも映るのだ。では一体どうすればいいのか?大体「野犬や捨てられ犬にも、そこを訪れる人間にも良い、理想的な解決法」等というものが存在するのか?仮にあったとしてそれは現実的な解決法なのか?誰がそれをやるのか?我々か?果たして我々にそれをやれるのか?

考えるほどに私は落ち込んでいった。それはゴミの問題でも同じであった。

 

当時のグリーンラインでは毎年年末に福山市が「グリーンライン一斉清掃」と言う行事を行っていた。これが唯一の大がかりな清掃活動だった。これは現在も続いていて、グリーンラインの環境の維持に大きな役割を果たしている。良く事情を知らない方が「県も市も、行政は何もしていない」かの如き事をおっしゃるが、決してそんなことはない。充分と言える取り組みではなかったにせよ、当時から県も市も、一定の役割は果たしてきていた。その最大の貢献がこの一斉清掃であった。正確な人数や回収されるゴミの量は分からないが、参加した感じでは毎年数百人規模で大型トラック数十台分のゴミが回収されていた。しかし、当時のグリーンラインはこの回収される数倍のゴミが常に新しく捨てられ続けていた。まさに「グリーンライン」ならぬ「ゴミライン」であった。

これが「グリーンラインを愛する会」が活動を始めた頃のグリーンラインの現状であった。最初から数十人が月に1度や2度ゴミを拾ったからと言って、どうにかなるようなものではなかった。

「全線ゴミ捨て場」とは言っても、やはりゴミの多い場所は決まってくる。たとえば「ゴミを捨てないで」「ここにゴミを捨てると罰せられます」等という看板のある場所には必ずゴミが集まる。別に看板があるから捨てるというのではないのだろうが、捨てやすくゴミの集まりやすい場所には看板が立っていて、まるでそれを目印にするかのように新しいゴミが捨てられ続けていた。また、ゴミ箱やくず入れかごのある場所も決まってひどい状態になっていた。ゴミ箱から溢れたゴミが散乱する。ゴミ箱がいっぱいになればその周りに置いて帰る。ゴミ箱の中にあってもカラスが引っ張り出す・・・。

そのような場所を全員で回収し、分別し、箕沖(南部廃棄物処理施設)に運ぶのだが、毎回の回収量は1カ所で1トンを越えた。そんな場所が10カ所以上あった。何ヶ月か後にその場所に戻ると、元以上の量のゴミが捨てられていた。「いたちごっこ」どころではない。拾うほどゴミが増え続けていた。拾う、捨てる、拾う、捨てる・・・どう考えても徒労としか思いようのない作業が続いた。当然「こんな事やっても何にもならない。」と諦める会員もでてくる。

当時は行政も冷たかった。市役所で「寝た子を起こすような事をする」と聞こえよがしの声を聞いたこともある。清掃工場に持ち込むのさえ胡散臭がられた。「分別が完全に出来てない」と受け取りを拒否され、「泥の中から掘り出したゴミをそこまでの分別が出来るわけがない」と口論になったこともある。家電品なども当然に受け取りを拒否され、最初の頃は私の自腹で有料引き取りをして貰った。「不法投棄の家電品を、善意で回収しても金を払わなければならないのか?」と聞くと「そうです。回収を依頼する人が費用を負担する決まりですから。」と言われる。「ではどうしろと?」と思わず聞いてしまったら「あなたが費用を負担したくなければ現地に置いておいて下さい。」と言われたときはさすがに唖然としてしまった。無論今はそんな冷たい応対はない。

辞めてゆく会員以上に私は疲れ、打ちのめされ、絶望しかけていた。「会を解散させる何か良い口実はないか?」とすら思ってしまったこともあった。

taiyo08

2001年11月、「第1回アドベンチャーハイキング」でのゴミ拾い風景

大陽新聞連載~よみがえれグリーンライン~

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