特定非営利活動法人 グリーンラインを愛する会

4,一つの出会いから「グリーンラインを愛する会」は誕生した

4,一つの出会いから「グリーンラインを愛する会」は誕生した

数十年ぶりに訪れたグリーンラインは荒廃を極めていた。「ゴミと野犬と松枯れと暴走族の」グリーンラインなどと呼ばれ、一般の人々からは忘れ去られた道路だった。青春の思い出のひとこまの舞台であった場所の惨状は、私に悲しみと怒りを呼び起こした。

それから程なくしてだった。当時草戸町にあった「有限会社北斗電子テクニカ」(現在の北斗電機工業株式会社の前身)の事務所に二人連れの来訪者があった。一人は田辺直史県会議員、もう一人は宮地徹三氏(現福山市会議員)である。彼等の訪問の目的は近く行われる予定だった市会議員選挙に宮地徹三氏が立候補を予定して居られ、その支援の要請であった。一通りの話の後、四方山話の中で私はグリーンラインの話をした。

「田辺さん。行政の怠慢と言うには余りにもひどい。あれだけの景観の場所を、どうして行政は何もしないのか?国?県?福山市?一体どこに責任があるの?」私は一気にまくし立てた。田辺直史も宮地徹三も、黙って聞いていた。

ひとしきり私が話した後で、田辺直史が静かに、しかし強い口調できっぱりと言った。

「丸山さん。あなたの怒りはよく分かる。確かに行政には大きな責任がある。でもね・・・責任は行政だけじゃないと思う。グリーンラインの荒廃の責任の一端は市民にもあると思う。誰も行く人が無く、たまに行っても汚して帰るだけじゃ荒れるのは当然だよね。暴走をするのも、犬や猫やゴミを捨てるのも市民でしょ?」

それは私にとっては自分に突きつけられた言葉のように思えた。「お前だって何十年もグリーンラインに行くこともなく、思い出すこともなく、放って置いたじゃないか?この前行って、ゴミの一つも拾ったか?ただその荒廃ぶりを眺めて帰って、評論家のような正義感を振りかざしているだけじゃないか?」そう言われている気がした。

さらに田辺直史が続けた。「今は行政もとても厳しい財政状況なんです。やらねばならないことはたくさんある。優先順位をつけざるを得ない。やらねばならないことがたとえ分かっていても、行政では無理なことがたくさんあるんです。」

「じゃ、どうしようもないってことですか?」

「行政だけじゃダメだってことです。丸山さん、こうしてぼやいたり、嘆いたりしててもどうにもならないでしょ?丸山さんが本当にどうにかしたいって思うのなら、まず出来ることから始めませんか?及ばずながら僕らも手伝います。」宮地徹三も大きくうなずいた。

グリーンラインを愛する会のスタートはこの日、この時、この場所からであった。

そのときの私は、自分が始めようとしていることが、どれほど途方もないことなのか想像できなかった。一時の感情や情熱、正義感や使命感だけで事が成るほど優しいことではないことはすぐに思い知らされた。

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2003年1月撮影

田辺直史県会議員(向こう側)と筆者・丸山孝志(手前)

大陽新聞連載~よみがえれグリーンライン~

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