特定非営利活動法人 グリーンラインを愛する会

1,連載の始めにあたって

1,連載の始めにあたって


「グリーンラインを愛する会」が活動を始めて5年がたった。当初は自分たちが立ち向かおうとしている現実の途方もなさに気付いて、正直なところ挫けそうになった時もあった。なにしろ「ゴミと、野犬と、松枯れと、暴走族の」等という枕詞付きで語られていたグリーンラインである。14.7kmという路線の距離もさることながら、その荒廃のすさまじさは車で走ったりするのではなく、その場所に立って眺めたときに改めて思い知らされた。

「ひょっとしたらとんでもないことをやり始めてしまったかも知れない・・・。」そんな風にも思った。自分の直情的な性格を棚に上げ、自分にこのような行動をさせるきっかけを作った田辺直史県議や宮地徹三市議を恨む気持ちにもなった。

しかし、立ち尽くしてばかりもいられない。人を恨んでばかりもいられない。既にことは始まっているのだ。成り行きはともかく、自分で考え、自分で決断してこのことを始めたのは間違いのない事実である。今更「あれは無かったことにしよう」等というわけには行かない。「ともかくやれるだけやってみよう。」そんな気持ちで始めたのが正直な気持ちである。

そうして当初の全ての人々(私自身を含めて)の予測を裏切って、わずか5年でグリーンラインは見事な再生を果たすことが出来た。そして「何故これほどの短期間で、これほどの成果を得られたのか?」と言うことを、色々な人から聞かれるようになった。私自身も「グリーンラインを愛する会」の理念や活動の有り様を大勢の人々、とりわけ地域の活性化や、環境の美化や保全などに取り組んで居られる人々に知っていただくことが、その人々だけでなく、地域のためにも役立つのではないかと考えるようになった。そのことがこのような連載をやらせていただくきっかけになった。私の思いを受け止め、理解してくださり。貴重な紙面を提供してくださった太陽新聞社にまずお礼を言わせていただきたいと思う。文才のかけらも持ち合わせない私が、どれほど自分の思いを読者に伝えられるのか、それがどれほど読者の皆さんのお役に立てるのか、はなはだ不安ではあるが全力を尽くしたいと思う。どうぞ最後まで辛抱強くお付き合いをお願いしたい。

最初に私自身の自己紹介をさせていただきたいと思う。私は1947年に福山で生まれた。最終学歴は県立尾道工業高校卒業である。以来10指に余る職業を転々とし、1989年にやっと現在の北斗電機工業株式会社の前身の北斗電子テクニカを創業し現在に至る。性格的にはどちらかというと内向的で、人つき合いは苦手な方である。長所と言えば何かをやろうとするときに集中力を発揮するタイプで、そのことがグリーンラインを愛する会の活動の上にも発揮できたと思っている。それはともかく、次回「グリーンラインの誕生から荒廃までのグリーンラインの歴史」を簡単に紐解くところから話を始めようと思う。乞うご期待。

mtphoto
丸山孝志 2003年9月撮影

大陽新聞連載~よみがえれグリーンライン~

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