特定非営利活動法人 グリーンラインを愛する会

22.「融通無碍」

22.「融通無碍」

「融通無碍」という言葉があります。浄土宗の教えを説いた「歎異抄」の中の言葉だと聞いたことがあります。元々の意味は宇宙万物は何一つとして個々別々に孤立した存在ではなく、それぞれが互いに支えあい助けあい溶けあって、一つの調和ある世界を保つ状態に名づけられた言葉である。と言うふうに聞きました。
しかし一般に使われているのは、物事にとらわれず、固定観念に妨げられないでないで、その場その場で状況に合わせて柔軟に、適切な処置をすることを言います。

例えば道に大きな石が落ちていて、向うへ行けない場合はどうするか。石を壊すというのもひとつの方法。石によじ登ってもまっすぐ行くということも一つの方法です。

しかしそこに無理が生じるのであれば、石をよけてまわり道をしてゆく。
もちろんときにはまわり道のない場合もある。
しかしそういうときにはまた別の方法を考える。
目先の現象だけに目を奪われるのではなく、目的に添って素直に、
自分の感情にとらわれないで、
その時に選びうるもっとも適切な道を選び取ってゆく・・・。
この融通無碍ということをたえず心がけていくところに、
無理なく、無用な苦しみや悩みを避けて世に処していく一つの道があると思うのです。それが融通無碍の心です。

しかしこの「自分にとらわれない」と言うことが実に難しいことだと言えます。
例えば車で何処かへ行く。途中が渋滞している。
このとき迂回して脇道にはいるのが融通無碍なのか。
それとも渋滞の中で悠然と流れに任せているのが融通無碍なのか。

私は以前ある社員の車に乗って渋滞の中で、こういう言葉を聞きました。
「ひとりの時は結構脇道をすり抜けたりするんですよ。でも、今日は社長と一緒ですし、時間に余裕もありますから、このまま行って良いですよね。」

この人に私は感心しました。
「自分は脇道に入りたい。
しかし狭い道を右に左にすり抜けるのは社長を不安にさせるかも知れない。
車も揺れる。
事故の危険性も増える。
幸い今日は時間に余裕がある。
ならばせめて車の中でくらい、社長にくつろいでいただこう。」

彼はこう考えてくれたのです。
普段の自分の行動基準や、自分の気分や考えに固執しないで、
相手の立場やその時の状況に合わせて、柔軟に物事を判断し、
対処できる彼の心のゆとりを、融通無碍と言うのだろうと思います。

しかし、簡単なようでもこれはこれで、なかなかに心の強さというか、
勇気の要ることだと思います。
しかしこれが出来れば世の中をずいぶん楽に生きて行けるのではないかとも思うのです。
皆さんも考えてみてください。

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