特定非営利活動法人 グリーンラインを愛する会

20.「損得の話」

20.「損得の話」

むかしある宗教家の方から「一升升(いっしょうます)と一合升(いちごうます)」と言う話を聞きました。
最近は一升などと言う計量単位は使われませんので、メートル法で話をします。その話はこんな話です。

「1デシリットルの器には、どうやっても1デシリットルしか入らない。
1リットルの器には、1デシリットルずつ入れても1リットルちゃんと入る。とかく人は入れる事にだけ一生懸命で、肝心の入れ物がどうかということを考える人が少ない。

自分と言う人間の器が、果たして1デシリットルなのか、それとも1リットルなのか、ひょっとしたら底に穴が空いていないか?そういうことに気づかないで、入れることにばかり一生懸命で、それから時々器の中をのぞいてみては『なんでこんなに少ないんだろう。もっとたくさん入れなきゃ。』と、また目の色を変えて入れようとする。
場合によっては人の物を奪ってでも入れようとする。

しかし1デシリットルしか入らない器には1デシリットルしか入らない。
もっとひどい人になると1リットルの器にすでに1リットル入ってるにもかかわらず、それ以上に入れようとして周りを汚してしまう。」

そうおっしゃるわけです。なるほどと思いながら私は質問しました。
「お話は分かります。じゃぁ人間の器とはなんなんでしょうか?」と聞くと、
「私らの言葉でいうと徳でしょうかね。」とおっしゃる。
「人徳の徳ですかね?」と聞くと、
「いやそれだけじゃない。損得の得も得だよ。」とおっしゃった。

「人徳の徳も徳だけど、損得の得も得だよ。どちらも実は同じものなんだよ。徳を器というふうに言うならば、器を大きくする方法は1つしかないよ。それは得を増やすこと。得を増やすには損をすることだよ。」そうおっしゃいます。
ちょっとわかりにくいなという顔をしていると更に次のように説明してくださいました。

「損と得は裏と表だよ。例えば病院に行っている人間には二種類いる。二種類の一方は病院に治してもらいに行っている。もう一方は病院に病人さんの世話をしたり、病人さんを治しに行っている。丸山さん、どっちが損をしてどっちが得をしていると思う?」

「************」

「病院に行って人様の病気を治してあげるというのは、労力や気配りや技術や知識を人にあげるわけだから、損をしてると言うことになるかも知れないね。でも、損をしている人達は給料日というもので得をもらってる。
あるいは病人さん達が治って帰るときに看護婦さんありがとうございました、先生ありがとうございました。お礼を言って頂いて場合によってはお礼の品まで頂いたり・・・。一方治してもらってる方は貰ってる。治してもらって得をしていると思っているが、退院するときには、ありがとうございましたと言って、お金まで払って帰ってる。
どちらが本当に得をしてどちらが損をしているか。考えてみたらすべて世の中そのようになっている。損と得は裏表、実は同じ物なんだよ。損とはほんとは得なんだよ。」

「そういわれると会社の中でも一緒ですね、会社にも2種類の人がいる。みんなの稼ぎで養ってもらってる社員、みんなの給料まで稼いでる社員。会社に来ていろいろ教わってる社員と、会社に来て教えてる社員。何かと先輩や上司に面倒を見て貰ってる社員と、何かと部下や同僚の面倒を見ている社員。どちらが得をしているか。よく考えてみれば損してる人が得をして、得してるはずの人が損してるんですね。」そんな風な会話をその方と交わしました。

難しい問題ですが、目の先のそういう得をすることだけ一生懸命になって、本当の得とは何かを、ひょっとしたら日常忙しさの中で忘れてないかな。そういうことを考えました。
みなさん方も一度考えて見てください。はたして、努力をしないで得られる幸運が幸せなんだろうか?楽しておもしろおかしい毎日が幸せなんだろうか?
自分の働き以上の給料を持って帰る事が幸せなんだろうか。
誰かに面倒を見て貰い、仕事を教えて貰って、そのことがはたして幸せなんだろうか。
そういうことを忙しい仕事の合間でも、ちょっとは考える機会を作って下さい。そうすれば自分の仕事の仕方、あるいは生き方の軌道修正を必要としていることに気づく事があるかも知れません。

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